入谷日の出公園は、少し不思議な場所だった。
昼間は子どもたちが走り回り、夜になると静かに街の灯りを受け止める。その中央に、まるで宇宙ステーションのような遊具が立っている。金属的な曲線、見上げるとどこか別の星の風景を思わせる配色。ここだけ、地球から切り離されているようだった。

高瀬恒一は、その夜もベンチに腰を下ろしていた。仕事帰り、理由もなく歩いて、気がつくとここに来ている。
「今日も、何も変わらなかったな」
誰に言うでもなく、胸の中でつぶやく。
そこへ、澪が現れた。
仕事帰りらしく、カバンには星座のバッジがついている。
「ここ、好きなんですか?」
不意に声をかけられ、恒一は少し驚いた。

「ええ、まあ。落ち着くので」
それだけの会話だったのに、二人は自然に並んで座っていた。
都会では珍しい沈黙が、ここでは許されている気がした。
その時だった。
宇宙ステーション型の遊具の影から、もう一人、いや“一体”が現れた。
「こんばんは、地球の人」
声は静かで、感情がないようで、なぜか優しかった。
澪が息をのむ。
「……冗談、ですよね?」
「冗談は理解できません。私はルナ=イオ。遠い星から来ました」
恒一は笑おうとしたが、笑えなかった。
この公園の空気が、嘘を許さなかった。
「なぜ、ここに?」
澪が問いかける。
「ここは、あなたたちの“迷い”が集まりやすい場所だから」
ルナ=イオはそう答えた。
恒一の胸が、少しだけ痛んだ。
「迷い、ですか」
「はい。あなたは、今の人生が正しいか分からない。彼女は、人を好きになることを怖がっている」
澪は驚いたように目を伏せた。
「……星から来た人は、そんなことまで分かるんですね」
「分かるのではなく、観測しています。あなたたちは、とても孤独に見える」
恒一は空を見上げた。
この街の空は、星が少ない。それでも澪は言った。
「それでも、私たちはここで生きてる」
ルナ=イオは少し首をかしげる。
「生きる、とは?」
恒一は考えた末、答えた。
「迷いながら、誰かと話すこと、かな」
澪が小さく笑った。
「それ、悪くないですね」

夜風が、公園を通り抜ける。
宇宙ステーションは静かに光り、どこかの星の風景が重なって見えた。
「私の任務は終わりました」
ルナ=イオはそう言って、遊具の影へ戻っていく。
「また会えますか?」
澪が聞く。
「必要であれば。あなたたちが、もう少し自分を好きになれたら」
それだけ言い残し、姿は消えた。
しばらく沈黙が続いたあと、恒一が言った。
「今度、星、見に行きませんか」
澪は少し驚き、でも頷いた。
「ええ。地球の星も、悪くないですから」
入谷日の出公園は、いつも通り静かだった。
けれど確かに、その夜、宇宙と人生がほんの少し交差した。
迷いは消えない。でも、それでいいと、二人は初めて思えた。