青葉台

青葉台は、時間を何層にも重ねて現在に至った、穏やかな意志をもつ町である。かつては都筑郡恩田村と呼ばれ、田畑と森が静かに広がっていた土地は、昭和の区画整理を経て、新しい暮らしの舞台へと姿を変えた。東急田園都市線の開通とともに名付けられた青葉台という響きには、この場所を緑と光に満ちた町にしようという願いが込められている。

松や檜、杉が生い茂っていた記憶は消え去ったわけではなく、街路樹や公園の木立、季節ごとの陽だまりとなって今も息づいている。平成の区再編を経ても、計画都市の整然さと、土地がもともと持っていた自然の名残は穏やかに共存している。歩けば視界は開け、空は高く、暮らしの中に小さな余白が用意されている。青葉台は、住む人の歩調を自然と整えてくれる町である。

青葉台の場所

青葉台・町名の遍歴・由来

昭和42年の土地区画整理事業の施行に伴い、恩田町の一部から新設した町。古くは都筑郡恩田村であった。明治22年の市町村制施行の際、奈良村・長津田村と合併して、田奈村大字恩田となり、昭和14年の横浜市へ編入の際、恩田町となる。平成6年の行政区再編成に伴い、緑区から編入。町名は昭和41年開通した東急田園都市線の「青葉台駅」の駅名を地域要望により採った。開発を行う前この付近は、松・檜・杉などが多く、四季を通じて緑と太陽の豊かな町とする計画で青葉台としたという。
(町名の遍歴・由来 横浜市青葉区)

青葉台の公園

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