荏田西

荏田西は、地名に込められた記憶を大切に抱えたまま、静かに時代を重ねてきた町である。荏田町の西に寄り添うように広がり、土地区画整理によって姿を整えながらも、土地の芯には古代からの気配が眠っている。

かつて行政の中心が置かれたとされる長者原遺跡の存在は、この一帯が単なる住宅地ではなく、人の営みが集まり続けた場所であることを物語る。整った街路を歩けば、過去と現在が不思議な距離感で同居しているのに気づく。新しい家並みの合間に、土地の高低や空の広がりがふと顔を出し、歩く者の想像力を刺激する。

荏田という名を残したいという願いが、この町に落ち着いた誇りを与え、訪れる者を静かな探訪へと誘ってやまない。

荏田西の場所

荏田西・町名の遍歴・由来

昭和58年の土地区画整理事業の施行に伴い、荏田町・市ケ尾町の一部から新設した町。古くは都筑郡荏田村であった。明治22年の市町村制施行の際、元石川村・黒須田村飛地と合併して都筑郡山内村大字荏田となり、昭和14年の横浜市へ編入の際、荏田町となる。平成6年の行政区再編成に伴い、緑区から編入。町名は町区域が荏田町の西側に位置することと、「荏田」を町名に残したいという地元の要望に名付けた。当地区にあった長者原遺跡は都筑群衙(行政の中心地)のあったところと推定されている。
(町名の遍歴・由来 横浜市青葉区)

荏田西の公園