千鳥ヶ淵公園
千鳥ヶ淵公園という名は、地図の上ではただの細長い緑地にすぎぬはずであるのに、いざ足を踏み入れると、妙に現実の手触りが希薄になる不思議な場所である。
内堀通りと半蔵濠のあいだに挟まれ、南北にひょろりと伸びたその姿は、まるで都の隙間にこぼれ落ちた余白のようで、気づけばこちらの時間感覚までも細長く引き延ばされていく。
園内の遊具エリアには、複合遊具や健康遊具がひっそりと配置されており、軽やかな傾斜に沿って歩けば、それらが順々に現れては消え、まるで誰かが巧妙に仕組んだ小さな巡礼のようでもある。
さらに緑道の南に潜り込めば、ブランコやロッキンパッピーが控えており、大人であろうと不意に童心を掘り返され、取り扱いに困る羽目になる。
そして春。約百七十本の桜が、これでもかとばかりに咲き誇る頃、この細長い公園は一種の幻術装置へと変貌する。
花の気配に包囲されながらベンチに腰を下ろせば、ここが大正八年から続く場所であることなど、もはやどうでもよくなり、ただひたすらに、日常という名の重たい外套をどこかへ脱ぎ捨てたくなるのである。











