住吉町は、喧騒の都心にひっそりと潜む小さな迷宮のような町である。大通りから一歩踏み入れれば、空気の密度がふっと変わり、路地が静かに呼吸をはじめる。古い家屋の影が午後の光を柔らかく受け止め、坂の起伏が思索のリズムを刻む。急ぎ足の通行人さえ、この町に入るといつの間にか歩調を緩めてしまう。そんな不思議な引力を秘めている。
町の軸をなすのは、細長い路地たちだ。どこへ通じているのか分からぬまま、角を曲がるたびに風景が微妙に変容し、古い寺の石段や、植木鉢を並べた静かな家並みが姿を現す。久しぶりに迷子になる愉しみを思い出すような、そんな路地の連なりである。早朝にはパンの香りが漂い、夕暮れには灯りが滲む。町が自らの表情をくるくると変えてみせる。
そして住吉町の魅力は、場所そのものが旅の入口になっているところにある。曙橋へ抜ける坂道の向こうには新宿の摩天楼がそびえ、反対へ歩けば四谷の静謐が迎えてくれる。境界に立つ町は、二つの世界をつなぐ細い綾のようだ。
ふと気がつけば、どこへ行くよりもこの町に留まりたくなる。控えめでありながら人の心をほどく力を持つ、そんな住吉町の空気に身を浸すため、今日もまた歩き出したくなるのである。
住吉町・町名の遍歴・由来
主に住宅地として利用され、曙橋駅付近は高層建造物や商店が目立つ。河田町方面へ延びる「あけぼの橋通り商店街」(住吉町商工会)は、かつて河田町にあったフジテレビ方面に通じる商店街であったので、フジテレビがお台場に移転する前まで「フジテレビ通り商店街」という名称であった。フジテレビ移転後も商店街は現在でも近隣の住民などから多く利用されている。
1952年までは「市谷谷町」と称しており、文字通り市ヶ谷台と四谷の台地を隔てる谷状の地形に由来していたが、漢字にすると谷が続き誤記されやすいなどの理由で変更され「住みよい町に」という願いから住吉町になったと言われている(この際市谷の冠称が除かれた理由は不明)。
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住吉町 (新宿区) - Wikipedia)