藤が丘

青葉区藤が丘は、計画と偶然が美しく折り重なって生まれた町である。昭和四十一年、土地区画整理によって周囲の町々から切り出された土地は、東急田園都市線の開通と歩調を合わせるように新しい名を与えられ、やがて人の暮らしを吸い込みながら静かに成長してきた。駅名とともに定まった藤が丘という呼び名は、単なる記号ではない。

近くに富士塚を抱き、斜面や空き地には野生の藤が伸び、春になると紫の房が風に揺れる。その景色は、この町が自然と無縁ではいられないことをさりげなく告げている。平成六年の区再編を経ても、その気配は失われず、計画都市の整然さの奥に、季節と記憶が静かに息づく。歩けば、整った街路の先に花の名残があり、暮らしの中に小さな発見が潜んでいる。藤が丘は、住むこと自体が散策になる町である。

藤が丘の場所

藤が丘・町名の遍歴・由来

昭和41年の土地区画整理事業の施行に伴い、上谷本町・下谷本町・西八朔町・北八朔町・恩田町の各一部から新設した町。平成6年の行政区再編成に伴い、緑区から編入。町名は昭和41年に開通した東急田園都市線「藤が丘駅」の駅名とほぼ同時期に決定され、付近に富士塚があること、いたる所に野生の藤が茂り、春になると可憐な花が咲いて、人々のこの花に対する愛着がひとしおであることから名付けた。
(町名の遍歴・由来 横浜市青葉区)

藤が丘の公園