千葉市稲毛区という地名には、どこか潮風に揺られた古い物語の匂いが潜んでいる。海から吹き寄せる風は、かつて浜辺だった頃の名残をそっと運び、現在の街並みに静かな陰影を落としている。高層住宅が立ち並ぶ一角にも、昔日の砂丘の気配がひっそりと滲み、散歩道を歩くたびに見えない頁が一枚ずつめくられていくようだ。
稲毛海岸へ向かうと、午後の陽光が水面に反射し、眩しいほどの光の文様を描き出す。人工浜とはいえ、広がる水平線には確かな深みがあり、立ち止まる者の心を遠くへ連れ出してくれる。ベンチに腰掛ければ、潮騒の調べがゆっくりと胸の奥をほぐし、日常のしがらみがほどけていく。
古き面影と新しい暮らしが折り重なる稲毛区は、歩くことでその層が静かに立ち上がる街だ。ふと足を向けたくなる理由が、そこかしこに隠れている。